「源頼家の第三子。父の死後、鶴岡(つるがおか)八幡宮別当。 父の仇を報いると称して源実朝を八幡宮の社前に斬り、 三浦義村の部下長尾定景に殺された。(1200〜1219)」 <広辞苑 より>
要は 自分の親を殺ったのは実朝だと吹き込まれ、口車に載せられて 実朝暗殺の手先とされたうえ、用が済んだら罪を被せられて 殺された バカな...もとい 悲運の人。
なぜウチの親が、こんな縁起の悪い名前をつけたかは不明。 一説によると、いわゆる「画数本」を見て決めたが、 決めた後に「公暁(くぎょう)」の存在を知ったのだとかそうでないとか。 「縁起のいい画数」というのもアテにならないもんである。 あ、苗字が違うからいいのか...。